さとさまの日常

京都のROCK BAR DIRTオーナー、さとさまの日々の覚え書きを書き記す。

チェンソーマンのリアリティ

犯罪者や反社会性の強い人達と、そうでない人達との違いって何だと思いますか?

 

僕は何一つ変わらない、と思います。

 

本質的には、ね。

 

僕は知性が足りない人達が短絡的な思考、快楽主義的な行動、その結果の社会が定義する不適切性を得るだけだと思います。

 

そういう人達は、物凄く沢山居ます。

 

学がない、とか、品性下劣、とか、色んな言い方出来ると思いますけど、そんなやつパチ屋行けば死ぬ程出会えますし、小汚い飲み屋街にも、ドヤ街にも沢山います。

 

一応みんな社会向けの顔もありますけど、テキーラ10杯くらい飲ませたら、思ってるよりみんな短絡的で、浅慮で、愚かな姿をさらけ出してくれます。

 

所謂、ダークヒーローと呼ばれるキャラクター、それを主人公とした作品は数多あるわけですが、なぜチェンソーマンが画期的に面白いのか、という事を僕は語りたい。

 

チェンソーマンも、恐らくカテゴリ的にダークヒーロー物だと思います。

 

しかし、僕はそうは思わない。

 

何故なら、主人公のデンジは社会性が極めて低いだけの、リアルなキャラクター造形を持つ普通の人だからです。

 

〝悪さ〟がない。

 

結果的に、反社会的な行動や、犯罪行為を行いますが、それは社会側が規定する範囲を逸脱したに過ぎない。

 

そもそも、反社会的とか、犯罪とかっていうのは、人が集団を形成し、定義してきたモノでしかないわけで、それって実は善悪とは全く関係がないんですよね。

 

特定の集団が何らかの実害を避け、集団化する事のアドバンテージをより高める為の方策でしかないんですよ。

 

その理由付けに、特定の宗教観における道徳観や倫理観を使用しているだけに過ぎない。

 

犯罪者は悪か?という部分が、既存のダークヒーロー達が如何に社会的に適合した考えの元に生まれて来ているか、ということを知らしめているし、チェンソーマンがダークヒーロー物ではないと僕が考える理由です。

 

本当に社会性が低い人間は、短絡的に見えるし、快楽主義的に見え、常識外れにも見え、そして実はとても魅力的に見えます。

 

嫌われる事も物凄く多いですが、同じくらい熱狂的に好かれます。

 

普通の人の想像を超える所で生活しているからなんですよ、それは。

 

発想や感覚に社会という場所から備え付けられたガイドラインが無いんですよ。

 

だから、何か目的があれば、一直線にそれを成そうと動く。

 

犯罪行為も取りうる手段の中にあれば検討されるし、倫理観や道徳観を持ち合わせていないので、そのスピード感は時に短絡的に、効率性を求めれば快楽主義的に見える。

 

時にその様はカリスマ的にもうつるし、経営者であればパワフルに見えたり、アーティストであれば独特の世界観を持つように見える。

 

なので、デンジは魅力的なのに嫌われるんですよね。

 

現実にはそんなやつめちゃくちゃ居るんですよ。

 

めちゃくちゃ面白いし、カッコいいけど、関わりたくない、そんなやつ。

 

まぁ、僕も所謂反社会性人格障害なのでそのクチなんで、共感できるんですけど。

 

チェンソーマンがなぜ画期的なのか。

 

そういうやつが主人公で、その造形がやたらめったらリアルだからなんですよ。

 

ジャンプ主人公って基本的にサイコパスっぽいですけど、それは物語が要求する姿の投影だからですよね。

 

デンジの行動原理には一貫して人間性がある。

 

なのに、物語が破綻しない。

 

無茶苦茶、と言われればそうですよ、そもそも社会的には無茶苦茶なやつらが社会を無茶苦茶にする話なわけで。

 

無茶苦茶であることが破綻してないと言う事なんですけど、それって過去に殆どないんですよ。

 

どんなめちゃくちゃな話でも、書いてる人は社会性を伴っているんだろうな、と思わせてくる。

 

何か理由があって歪んでる、それが普通の作品で、普通のキャラクターである、そういう感じ。

 

デンジはその辺に掃いて捨てるほどいる、家庭環境良くないやつそのものなんですよね。

 

生きてきた過程がそうだから、トラウマとか、そういうのが無い。

 

屈折してないのに愚かっていうのを主人公に据えてあれだけ動かせるって、本当に凄いんですよ。

 

そういう人って、そうじゃない人達からどこまでいっても雑魚っぽいし、ステージが下に見えてしまうんですね。

 

だから、主人公に据えるという発想も出ないんでしょうね。

 

ぱっと思いつく限りだと、魚豊さんの「ようこそFACTへ」という作品がありますが、物語の構造から主人公だけが抜け落ちるというのがあの作品のキモで、魅力的であるよりも愚かさからくる恐怖間がありますよね。

 

チェンソーマンの凄さは、リアルな造形から来る短絡的な行動に、共感性を持たせつつカタルシスまで持っていく手法です。

 

ぜひ読んでいただきたい。

 

そして、アニメ、映画についても賛辞したい。

 

本当に凄いです。

 

昨今アニメもビジネス性を帯び、ジャンプという大看板が沢山の大人を呼び寄せ、成功例も多くある中で、MAPPA一社でやる、その英断たるや!

 

どうして集英社側がその判断を下したのか知る由もない無いですが、マジで今後のアニメ業界に一石を投じたのでは、と。

 

僕は漫画原作を読んでいるアニメ作品を見ても、あまり面白がれないんですが、チェンソーマンは本当に楽しめました。

 

商業性や大衆性が挟まらないからです。

 

キラキライケメン化もないし、萌え化もないし、大仰な演出もない。

 

スピード感もグロテスクさもある戦闘シーン、デザイン性の高い画面構成、リアルさを損なわない各種の演出。

 

色味1つまでとっても制作側の意図を放っている。

 

アニメと映画もぜひ観てください。

 

好きじゃない人でも何か引っかかると思います。

 

都七福神まいり

私事ですが、今年41歳本厄となるんですよ。

 

京都の中に七福神を祀ってる寺社仏閣があって、そこを巡ると運気爆上げってのを聞きまして。

 

都七福神まいり

https://miyako7.jp

 

初詣ついでにお祓いはしてもらってたんですが、回るだけならなんとかなりそうだったので行ってみようかと思いまして。

 

とりあえず1番遠い宇治の萬福寺から。

 

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前日の営業が全然終わらなくて、店閉めたのが11時になってしまった上にかなり酔ってたので普通なら30〜40分で着くのに、電車を2回も間違えてしまい1時間半かけて到着。

 

萬福寺は中国のお坊さんが江戸時代に建てたそうで、七福神の中では布袋尊が祀られております。

 

思ってるより大きいお寺ですね。

 

中国のお坊さんが作ったからか、全体的に唐風ですね。

 

徳川家縁のお寺らしく、あちこちに葵の御紋がありました。

 

コスプレイヤーの方々が撮影してたり意外と人も多かったです。

 

さて、殆どの寺社が16時半とかで閉まるという事なので、なんとか1時間くらいで見終えて六波羅蜜寺へ向かいます。

 

京阪黄檗から京阪清水五条へ。

 

7つある中で宇治だけやたら遠いんですが、乗り換えありつつ京阪沿線で移動します。

 

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六波羅蜜寺空也上人の像で有名なお寺です。

 

七福神は弁財天さんが祀られており、みなさんお金を洗って持って帰ったりしてましたね。

 

奥に空也上人立像や平清盛像等が展示されている所があるのですが、時間が怪しくなってきたので泣く泣く諦めて、次のゑびす神社へ徒歩移動。

 

ゑびすっさんは六波羅蜜寺と近いので纏めて行く人多そうですね。

 

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1月10日近辺は十日戎という事で屋台が出てたりで人がめちゃくちゃ多いのですが、まだその名残があるのかここも思っていたより人がいました。

 

ご存知恵比寿さんがいらっしゃいますね。

 

僕も商売やってる身なので、毎年ここは来てるので特に新鮮味はなく(笑)

 

鳥居の上のえべっさんにお金を投げ入れるのとかは有名なんじゃないですかね、十日戎の時は人多すぎてできないですけど。

 

この時点で16時を過ぎて居たのでこの日はここで撤退。

 

仕切り直しです。

 

あまり寝ないままなんとか店の営業を終え、次の日は朝から移動開始。

 

修学院の赤山禅院へ。

 

これはもうバスですね。

 

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バス停から10分くらい延々坂道を登って行きます。

 

地元が近いんでこの辺は土地勘があり、迷うことなく到着しました。

 

朝イチのお寺は清々しいです。

 

1000年以上前からここにある、そんな佇まいに静かな迫力を感じつつ。

 

七福神は福禄寿神が祀られております。

 

山の上にあるのも相まって寒いんですが、そんなに大きくないのでしっかり見て回りました。

 

次の松ヶ崎大黒天はさっき降りたバス停から10分くらいなので、大体徒歩20分くらいで移動できます。

 

迷うかも、って方はタクシー使うといいんじゃないですかね。

 

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ここは五山送り火の妙法の法の字の山の中腹辺りになるのかな?

 

狐坂とかの近くですね。

 

こちらも高い場所にあるので景色が良い。

 

七福神は大黒天さんが祀らてます。

 

しっかり打出の小槌を振ってから次に移動。

 

次は丸太町河原町近くの革堂行願寺

 

これもバス1本で行けます。

 

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こちらの御本尊は千手観音菩薩で、大きい本堂はそちらの像があります。

 

七福神は寿老神さんが祀られてます。

 

こちらもあまり大きくないのでわりとすぐに観れます。

 

さて、次の東寺で七福神巡り制覇となります。

 

行願寺から東寺も最寄りのバス停から1本で行けます。

 

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いやー、東寺は本当にでっかい。

 

街中にあるのにいっちばんデカい(笑)

 

とりあえず目的の毘沙門天さんが祀られている所へ行きます。

 

その後、ぶらぶらとあちこちを観て回り、お土産やさんというのか売店というのかわかりませんけど、そこも七つの中で1番大きく、海洋堂作の仏像フィギュアがあって危うく衝動買いしてしまう所でした。

 

 

 

と、言う訳で七福神巡り完了です。

 

どこも開くのは早いのですけど、社務所とかが開くのが9時頃で、締まるのが16時半くらいなので、お守り買ったり御朱印貰ったりすると本当に何も観ない感じで移動し続けないと1日で回るのはちょっと厳しいかもしれません。

 

とりあえず宇治が遠いです(笑)

 

ちなみに銭ゲバ度も満福寺が1番高かったですね、1000円のガチャは初めて見ました(笑)

 

これで今年の運気爆上がりしてるはずなので、2025年、楽しみたいと思います。

10年後の話

テレビでやってたのに影響されましてね。

 

10年って話。

 

してみますか。

 

希望としては、まだ店やってたいですね。

 

10年後なら、お店は15年やってる事になりますね。

 

10年続くお店ってあんまりないのでね。

 

出来たら現役で立ち続けてたい。

 

あとはなんですかね。

 

結婚はどうですかね。

 

多分してないんでしょうねぇ。

 

システム的な部分が気に食わないし、嫌悪感が凄いですね、アレ。

 

子供もいないでしょうね、もう僕40歳なんで。

 

世の中的にはどうなんですかね。

 

人口は減るんでしょうね、出生率だけじゃなくて高齢者の方も減ってくでしょうし。

 

となると繁華街とか、飲み屋の文化とか、少数精鋭的になってくのかな。

 

マイノリティ化してくなら、強力な支持者が生まれるようなエンタメにならないといけないですね。

 

景気良くなって欲しいです切実に。

 

でもまぁ毎日楽しく生きたいですね。

 

ちょっと考えないと理解できないようなお笑いみたいな事をずっとしてたいですね。

 

ダイレクトにバカやるのも大好きですけど。

 

マイルドなやつあんま好きじゃないんで。

 

危険さとか、毒気とか、色気とけそういうの大事にしていきたい。

 

10年後もよろしくお願いします。

付き合うという状態とは何か?

多様性の時代です。

 

人と人との関係性がとにかく多様性を持ち、百花繚乱の様相を呈しています。

 

やれ、Z世代だの、LGBTQだのと、とかく社会というものはレッテルを貼りたがる。

 

何でもいいんですよ。

 

結局はね。

 

そんな中、お客さんと恋愛の話をする事があるわけですよ、こんな僕でも。

 

その子の話はまぁプライベートな事なので書きませんけど、男女間に中々価値観の相違が発生してましてね。

 

関係性の維持が困難であると、そういう事ですけど。

 

聞いていてとても疑問を持ったんですよね。

 

ま、そもそも僕は所謂反社会性人格障害ってやつなので、人と人との関係性ってやつが条文がないと理解出来ないんですけど。

 

付き合っている、という状態の、条件ってなんなの?と。

 

そうするとみんな色々と言うわけです。

 

どういった条件を履行すると付き合っているという状態が発生し、いかなる条件で破綻する関係性であるか、をです。

 

曰く。

 

その相手以外と接触をしないように制限をかけれる。

 

その相手との予定は優先的にスケジュールを抑えられる権利がある。

 

重要なイベントを共有する。

 

など。

 

これ僕よくわからないんすよ。

 

主題は恋愛の話だったはずじゃないですか。

 

でもこれ全部恋愛関係なくないですか?

 

頑張れば履行できますよ、誰と誰でも。

 

例えば金銭が支払われれば、とか、頑張るに足る条件が発生すれば。

 

でもね、それは付き合ってないらしいんです。

 

じゃあ基本条項に金銭の授受が発生しないと明記して欲しいですよね。

 

んで、じゃあこれ極論性的な関係が無くても成立するくない?ってのは、それはする、と。

 

なんなら恋愛感情なくても成立するんじゃね?となれば、それも成立しなくもない、と。

 

なんてこった、ですよ。

 

付き合う、という行為って恋愛関係の話じゃなかったんですよ。

 

突き詰めれば、性的関係はゼロ、恋愛関係でもないけど、他所の人と接触をしないようにし、予定を空け、重要なイベントを共有できれば付き合っている、と言っていい。

 

つまり、社会的なステータスなんですよ、結局の所。

 

本人の自覚とかではなく、社会に対してどういう発信をするかなんです。

 

仮に金銭の授受が発生していても、社会に対して隠蔽できれば良い。

 

世の中の弱者男性の皆さん。

 

これは決して不可能ではないと思いませんか。

 

とどのつまり、男女間の合意の際に、何らかのメリットがデメリットを上回れば、人は人とお付き合いできるんですよ。

 

したいかどうか、はさておき。

 

またひとつ当たり前のようなのにあんまり誰も言及してない事を言語化してしまいましたね。

 

多様性、多様性。

 

 

木屋町について

お久しぶりです。

 

本当に久しぶりに書いています。

 

何故か?

 

端的に言うと今暇で、そして少し酔っているからです。

 

僕は飲み屋をやっていて、もう少しでこちらの業界に来て10年になる感じです。

 

お酒を飲むという行為が、どんどんと廃れているように思います。

 

その行為が指す内容も時代とともに変化し続けています。

 

長い歴史の中で、一体本質的な部分がどう変化し、文化はうつり変わって来たのか。

 

個人的に大変興味があります。

 

ですが、こちらの業界にはあまりアカデミックな事柄に興味を持つ人が少なく、本質を理解しているであろう人の文献や資料に出会った事がありません。

 

なので、とりあえず僕が実際に見聞きして来た事を残して行こうかな、と思います。

 

もちろん、人が語った事、語り継がれて来たことばかりなので、事実を検証している訳ではありません。

 

ただ、昭和から現代までが、まだ息をしながら混じりあっている最後の時代な気がする今、そこに意味を感じれる人がいれば、と思います。

 

本当に京都の飲み屋は面白いです。

 

特に、木屋町

 

ここまで雑多なものが同時に存在する街が他にあるのでしょうか。

 

バンドをやっていた時に、色々な所に行き、沢山の人と知り合って来ましたが、こうまで混沌とした場所を見たことがないです。

 

似てるのは多分新宿のゴールデン街かな、とは思いますが、より雑味が多く感じます。

 

恐らくそれは、街が凄く狭い、という事なのです。

 

ゴールデン街のような場所に、かなりちゃんとしたオーセンティックバーがあり、鳥貴族があり、ゴールデン街よりも下世話で小汚いお店もある。

 

それらが混ざり合い、なぜかちゃんと、そして普通に、成立している。それが木屋町という場所です。

 

中々文章で書くのが難しいですね。

 

まぁ、そんな治外法権の蔓延るカオスな街のカオスなエピソードや歴史なんかをアテになる程度につまんで書いて行きたい、そういう事です。

 

それではまた、暇な日に。

差別について

昨今話題になっている差別について書きたいと思います。

 

まず、話をどういう観点・意味でしているのか明白にしたいので、僕のスタンスから書きますね。

 

僕は本当に他人に興味がありません。

 

皮膚の外側のありとあらゆることに、根本的に興味が持てない、いわゆるソシオパスな人です。

 

ですので、ありとあらゆる事象への捉え方が、自分(皮膚の内側)にとってどうなのか?という観点になってしまいがちです。

 

これは社会性の欠如という形で集団の中での生活で軋轢を生むわけです。

 

ルールの必要性を理解できない、他者の感情にコミットする必要性を感じれない等です。

 

結果、自分に対する他者評価を余りにも気にする必要がない、と早々に判断してしまったんですね。

 

形骸化したルールの無価値さや、無知で無能な人間の無価値さをわりと人生の序盤で断定してしまったというか。

 

大人になるに連れて、パブリックイメージの構築が必要不可欠であったから、色んなことを後天的に学び、社会におけるポジションを得たわけです。

 

で、です。

 

ここまで書けば大体わかると思うのですが、こんなやつには周りからのバッシングっていうのが起こるんですよ。

 

それはつまり、異質なものを排除するという、本能的な防衛反応だと思います。

 

ただただ僕がそういうものに価値を感じなくて、音量やトーンや表情や人数の大小に興味が持てず、その言葉の本質しか追いかけないという特殊な癖を持っていたので、気にならなかっただけなんですよ。

 

つまり、嫉妬や恐怖があるのだな、と。

 

僕に対して、でもあるし、僕の向こうにある何かに対して、でもあるわけです。

 

つまり、今や社会において強者のポジションの僕ですが、被差別側のポジションだったんですね。

 

けどね、例えば白人と黒人の間で起こることってのは、そのレベルじゃないんですよ。

 

はっきり言えば無知で無能なやつなんか基本無視で相手にしなくていいし、必要なら社会的に圧倒してマウント取って黙らせればいいんですけど、そういうレベルじゃない、もっともっと野蛮なやつらがめちゃめちゃ沢山いるってことなんですよ。

 

無知で無能な人間が武装して治安維持をやってる。

 

肌の色が違うと全く違う動物だと思ってるやつが、嫉妬や恐怖ってモノサシで生きてるんですよ。

 

知らないものへの恐怖、違うことの恐怖。

 

これは人間が自然界で優位性を保つために必要なことでした。

 

多分、遺伝子に刻まれてる。

 

僕みたいなぶっ壊ればっかだと、すぐに北斗の拳みたいな世界になってしまうんすよ。

 

日本に住んでると、自分達が被差別側ってこと忘れがちですけど、周りと違うってのを理由にして差別化し、排除しようとするムーブってごく普通にやってるし、きっと黒人社会の中でも同じことは起こってる。

 

根源的な問題は同じ、嫉妬や恐怖だから。

 

なんで、とりあえず、こういう問題を考える時に、無知で無能なやつらは、もう一旦無視しましょう。

 

余りにも話が進まな過ぎるし。

 

それから、自分の心の中にある、本能的な拒否感とか、恐怖心を、一旦肯定しましょう。

 

だって仕方がないからです。

 

その上で、社会で何が起こっていて、それに対する自分のスタンスをどうするのか、決めましょうよ。

 

どうしても無理、嫌、気持ち悪いって人は、絶対いると思います。

 

それを理性や理論で、少なくとも表に出さないくらいまでは持っていってください。

 

別に、人種に対する差別の話だけじゃないんすよ。

 

いじめとか、そんなのを大人になってもやってるやつは、根本的にアタマかココロのよえーやつだしだし、嫉妬や恐怖にかられて行動しちゃうような自制の効かないやつと仕事したり生活したりするのがマジで不愉快だからです。

 

よろしくお願いします。

 

 

 

P.S.

 

で、やっぱ本能や心を理性で押さえつけるとしんどいでしょ。

 

無理し続けることはストレスなんですよ。

 

そうなったら、京都の木屋町に来て、テキーラをしこたま飲んでください。

 

夜の街は酔っ払いの戯言にはとても寛容です。

 

金払いと飲み方さえ良ければ、わりと許容してくれるんで。

コロナと営業自粛について

本当に大変な状況になってまいりました。

 

自営業の我々も抜き差しならない状況になってまいりました。

 

営業を自粛する店舗やグループ企業も出てきております。

 

ですが、わたくし、本日より誕生日イベントってのをやらせていただきたいと思っております。

 

ウチは先々月開業したばかりで、開業に使ってしまい貯蓄もありません。

 

今多額の借金を背負うことになれば、私の生活がままならないことになります。

 

この状況がいつまで続くかもわかりません。

 

今月だけなら、何とかなるかもしれません。

 

ですが、来月以降より状況が悪化していてもおかしくなく、営業の停止が3ヶ月、半年となれば、少なくとも僕は首を括るしかありません。

 

これは、切実なお話です。

 

今の日本の社会保証の在り方では、明日の自分が首を括る可能性と、コロナによって人が亡くなる可能性とをリスク計算するしかないのです。

 

これは、僕以外のあらゆる経営者が同じ状況だとおもいます。

 

そして、ありがたいことに僕のお店には僕に死んで欲しくないという方が集ってくださっています。

 

ですので、営業が続けれる限り営業させていただきます。

 

クソコロナと、状況をわかっていない行政に中指立てつつ、生きるか死ぬかわからんレベルでがんばるしかない。

 

ほんまにマジでイカれてる。